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人はないものねだりをする動物らしい。 子供ができなければ熱烈に欲するし,簡単にできてしまえば欲しくなんかなかったと云ってみたり。 片や,子供ができにくいと判ると,不妊治療や代理母などという肉体的,精神的,金銭的負担のかかる不自然な道を選んでまで親になりたがる夫婦がいるというのに,片や,自然に授かった子供に対して,ありがたみを感じることができず,むしろ疎ましく思っている親がいる。 子供ができる人とできない人がいる。できやすい人とできにくい人もいる。原因はいろいろあるのだろうが,これは病気等による後天的要因もあるけれども,生得的体質の場合もある。 児童虐待のニュースなど見ていると,子供を虐げる母親というのは,苦労なく子供ができる体質の人が多いような気がする。できやすい体質ならは,できた子を虐待したり殺したりするぐらいなら,できないように避妊をしっかりやれよ。男側にも当然責任はあるが,女の側も考えなくちゃいけない。 大学時代,何の講義だったか忘れたが(法学概論だったかな?),胎児に人格は認められるかという命題を出された。そのとき,受精した時点から人格を認めるか,胎児のうちは認めなくてよいかという二者択一を求められた気がする。どちらに手を挙げたのか記憶してない。もしかしたら,どちらにも挙手しなかったのではあるまいか。今考えても答えが出せない。 子供を持たずに生きる人生もあるはずなのだが,夫婦だけで生きる人生もあるはずなのだが,世間は子孫を残そうとしない人間に対して冷たい視線を送りがちだ。それがまた,あるがままの体質を受け入れることを困難にさせている。 独身の者に対する冷視も結構厳しいしなあ。 昔見た映画に「木靴の木」というのがあった。オランダの映画だったか。 ある村の幾つかの家族の生活が淡々と描かれていくのだが,その中に,新婚旅行に行った若夫婦が修道院で赤ん坊を養子として引き取ってくるという話があった。あのエピソードは強く印象に残っている。 ハリウッドのスターがいろんな国の子供を養子にしている話をよく耳にする。アンジェリーナ・ジョリーなんかは有名だ。キリスト教圏では養子に対する偏見が少ないのだろうか。みんな神の子だからかな。だが,社会的に偏見が皆無かどうかは知らない。 以前,小錦が東京新聞の夕刊に連載した文章があるのだが,その中で,サモア人にとって子供は社会全体の宝であり,みんなで育てるという考え方をするのだと書いてあった。こういう社会でも養子は珍しいことではないのだろう。 日本人は養子に対して偏見があるように思う。自分の血に対する執着が強いというか。 どうしても育てられない親がいて,血のつながりに関係なく,子供を救いたいという奇特な人がいるならば,堂々と養子縁組すればよかろうに,熊本の赤ちゃんポストのようにコソコソしたやり方でしか対処できない日本は歪んでいるのではあるまいか。 出生率の低下を問題にしているくせに,生まれた子供を守る対策がおざなりになっているような気がしてならない。 |
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ブログ意見集: 赤ちゃんポストは育児放棄を助長? by Good↑or Bad↓
「赤ちゃんポストは育児放棄を助長?」に関するブロガーの意見で、みんなの参考になりそうなブログ記事を集めています。自薦による投稿も受け付けているので、オリジナルな意見のブログ記事があったら、どしどし投稿してください。 ...続きを見る |
ブログ意見集(投稿募集中)by Good... 2007/12/21 15:34 |
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